aiwendilさまに抜粋して頂いた瀬田訳文の中で、'master’に深く触れている個所は以下の文だと思います。
フロドの「あなたはどなたですか、ご主人？」との問いに答えるトムのせりふです。
「あんたはまだ私の名前を知らないのかね？答えはこれだけだ。あんたはわたしにだれかというが、そいういうあんたはだれなのかね？あんたはただひとりで、あんた自身で、そして名前なきものではないかね？」
　
トムはホビット達にはトム・ボンバディルと呼ばれ、エルフにはヤールワイン・ベン＝アダール、ドワーフにはフォルン、人間にはオラルドと呼ばれています。
同じように多くの名を持つ者にガンダルフがいて、エルフにはミスランディア、ドワーフにはサルクン、ハラドリムにはインカヌスと呼ばれます。しかし彼を表す本来の名を挙げるとすれば、それは不死の国のマイアとしての名オロリンでしょう。
では、トムが持つ本来の名は？と考えると、それが無いのです。
　
主人としての支配や所有というのは相対を求めることです。つまり他との関係において自分を現すことで、そのためには名が必要になるのでしょう。
しかし、'master in a peculiar way’変わった主人（意訳しすぎですが）であるトムは、自分を含めたあらゆる物を絶対的に見ているように思えます。
誰の支配を受けているとか所有であるとかいう以前に、存在そのものを見るトムにとって、名前はあってないようなものなのだと感じます。そして万物が万物の中で如何なる作用を受けていようと、そこにある実在性を見る彼にとっては、自分が主人であると共に、他の実在全ても、それぞれの主人であるという認識があるのではないでしょうか。
だから、トムにとって万物は支配の対象にも所有の対象にもなり得ないのだと思います。またそれは、後に議題としてあがるであろう、彼の不干渉性にもつながることに思えます。
　
これを踏まえて、'master in a peculiar way’には、支配や所有の概念を持たない主人、つまり『風変わりな主人』という意味を含ませてみたいです。