以下は、私の手元にあります『トールキン書簡集』（The
Letters of J.R.R.Tolkien）からの抜粋です。これは、ニューヨークのHoughton
Mifflin社刊の、2000年のペーパーバック・エディションです。
抜粋された箇所を含んでいるのは、通し番号１５３番のPeter
Hastings氏宛ての手紙。この紳士は、オックスフォードにあったカトリック関係の書物を扱う書店のマネージャーだったそうです。手紙の中で氏は、トム・ボンバディルについて教授に質問しています。その内容は、作中でのフロドの「彼は何者か？」との問いかけへのゴールドベリの答えが、神（God）を示唆しているのか、というものです。それに対する教授の答えから、核心部分を取り出してみました。それが以下のものになります。
注１： 実際は、このように段落（パラグラフ）分けされていませんが、共訳のことも考えて私が4つに割ってみました。
注２： サマリーの部分。括弧内は、原文へのレファレンスです。ｐ.
はパラグラフの番号を（１から４まで）、l. はパラグラフ内の何行目かを表しています。例えば、(master;
p.1. l.1) の場合、第1パラグラフの1行目の'master'を指している、ということになります。また、ll.
1-3 となっている場合は、1行目から３行目にかけて、という意味です。
注３： サマリーは、かなりばばばっとまとめております。至らないところ、間違いなどあるかと思いますが、どうぞご指摘下さい。
（原文）
He is master in a peculiar way: he has no fear, and
no desire of possession or domination at all. He
merely knows and understands about such things as
concern him in his natural little realm. He hardly
even judges, and as far as can be seen makes no
effort to reform or remove even a Willow.
I don't think Tom needs philosophizing about, and is
not improved by it. But many have found him an odd or
indeed discordant ingredient. In historical fact I
put him in because I had already 'invented' him
independently (he first appeared in the Oxford
Magazine) and wanted an 'adventure' on the way. But I
kept him in, and as he was, because he represents
certain things otherwise left out.
I do not mean him to be an allegory - or I should not
have given him so particular, individual, and
ridiculous a name - but 'allegory' is the only mode
of exhibiting certain functions: he is then an 'allegory',
or an exemplar, a particular embodying of pure(real)
natural science: the spirit that desires knowledge of
other things, their history and nature, because they
are 'other' and wholly independent of the enquiring
mind, a spirit coeval with the rational mind, and
entirely unconcerned with 'doing' anything with the
knowledge: Zoology and Botany not Cattle-breeding or
Agriculture.
Even the Elves hardly show this: they are primarily
artists. Also T.B. exhibits another point in his
attitude to the Ring, and its failure to affect him.
You must concentrate on some part, probably
relatively small, of the World(Universe), whether to
tell a tale, however long, or to learn anything
however fundamental - and therefore much will from
that 'point of view' be left out, distorted on the
circumference, or seem discordant oddity. The power
of the Ring over all concerned, even the Wizards or
Emissaries, is not delusion - but it is not the whole
picture, even of the then state and content of that
part of the Universe.
（いきあたりばったりのサマリー by
Evenstar）
まず、教授がトムの逸話を物語に挿入した契機はなんであったのか？ というのは、多くの読者がトムのことを「調和しない要素」というか不協和音のエレメントであると感じたそうです。(But
many have found him an odd or indeed discordant
ingredient; p.2, ll.1-2)
それは、簡単に言えばトムの冒険がすでにであごるさんも指摘されたように、もともとOxford
Magazineに発表されたもので、ホビット達の道程の「冒険」の要素
(adventure on the way; p.2, l.4))として適当だと判断した為。しかし、それだけではなくもっと重要な意味付けがされています。
物語を語る時、もしくは何か根源的なことを学ぼうとした場合でも、世界＝宇宙（World(Universe)
p.4, l.3）のほんとうに小さな部分、側面に集中して語らざるおえない。つまり、はっきりとした視点が生じるし、定められる。しかしそうなると、他方でどうしても洩れてしまったりはじき出されてしまう要素が生まれる
(and therefore much will from that 'point of view' be
left out; p.4, l.4)。そうするとそれは、その視点にとっての不協和音であるかのように感じられることもあるわけです。例えば、一つの指輪の力を賢者達との相関関係の中で捉えるだけでは不完全です。語られない側面が出てきてしまいます。そこで、トム・ボンバディルが物語を語る視点からは「はじき出された要素」として、しかし世界観・宇宙観を補完する大事な役割を担って登場するわけです。
トムを「寓話的」要素にする意図はなかった、と教授はまず書きますが、結局は寓話的にある事柄を象徴していることを認めています。つまり、「はじき出された要素」をトムに体現させたことをです。(p.3,
ll.1-4) その要素とは、純粋に科学的な探求心です。科学的に真理を追究する精神なわけです(a
particular embodying of pure(real) natural science; p.3,
ll.3-4)。エルフ達でさえ、こういう側面は持ち合わせていません。彼らは何よりも芸術家であるからです。（they
are primarily artists; p.4, l.1)。そこで重要なことは、トムは科学的に真理を探求するけれども、それによって蓄積された知識や理解を使って物事を改革しようなどという意思・意志はまったく無い、ということです。そして所有欲、支配欲とも無縁です。教授はとてもわかりやすい例をあげています。科学的探求心を象徴する学問が例えば、動物学や植物学（トムの精神と合致する）、それに対して、牧畜（ちょっと特殊ですが、木々にかんしてはエントの領域）や農業（これは、エント女の領域なのですね）は科学の知識や理解を使って「改革」など行動を起こします。(p.3,
l.7)
このようなことから、トムは指輪＝サウロンの意思が支配しようとする領域圏外に身を置く存在、従って指輪になんの影響も受けず、姿も消えないということなのだと理解しました。
以上のところでいかがでしょうか？ 整理されていず、不明瞭なところなど、どうぞ遠慮なくご指摘下さい。