共訳フェロウシップ 初期写本
研究室＠袋小路屋敷の庭
トムとゴールドベリ
※パニック状態で色々と考えていて思ったことです。他のトピックの流れとはあまり関係ないのですが、自分の考えに整理を付ける意味でも書き込ませて頂きます。
トムのことを考えていて難しいのは、一方で'要素’的な面を見せて絶対不可侵の存在性を示しつつ、その一方で中つ国の住人としての束縛も受けているように思えることです。
中つ国に登場する彼はある要素を象徴しているとはいえ、決して超然としておらず、ホビットと同じように言葉を話し、ものを食べ、衣服をまとい、家に住んで感情を表します。
P2にあるように、ある種の不調和を感じる部分がここなのかもしれませんが、それでもトムは『指輪物語』に登場しています。
それだけでなく、彼は'master’として登場するのです。トムが『風変わり』な『主人』であることは書簡にも書かれていることです。
しかし、彼はそもそも、なぜ'master'として登場しなければならなかったのでしょうか。占有欲も支配欲もないトムは、本来ならば'master’と呼ばれる必要は全く無いはずです。
怖れを知らず、占有や支配の欲を捨てた存在として中つ国に登場しても、彼が物語で果たした役割が変わると思えません。それなのに、彼は'master’として登場するのです。
だからこそ、『主人』であるのに『占有欲・支配欲』をもたず、『占有欲・支配欲』がないのに『領域』を有するという二重の矛盾を内包した存在として我々の目に映るのだと思いますが。
その理由として当然考えられるのが、トムは『指輪物語』の世界に厳然と存在する何らかの'要素’そのものであるため、その普遍性によって'master’として登場する定めを負わされているのだということです。
世界がどう変化しても、それは表層に現れた現象に過ぎず、それらを形成する各要素は普遍であり続けます。だからこそ、トムも'master’として、少なくとも自己を司らなければ、中つ国にいることが出来なかったのではないでしょうか。
そして、この宿命によって、トムは要素の厳存性を表す如く、自己を存在させる領域を中つ国の中に持たなくてはいけなかったのだと思います。
：続く：
：続き：
このような定めをもったトム・ボンバディルですが、中つ国の住人である以上、そしてホビット達の冒険のために『物語の中』に登場してくる以上、もう一つの宿命からも逃れることは出来ません。
それが冒頭でも述べたように、言葉を話し、ものを食べ、衣服をまとい、家に住んで感情を表すという、実に人間的な面を持つということです。これはエントやマイアだけでなく、ヴァラでさえもが見せる一面です。
もしトムがものを語らず、家を持たず、ただ超然として自分の領域にホビットと出会っていたら、『指輪物語』全体の調和が崩されてしまうことでしょう。
それこそ何でもありとなってしまいますから。そうではなく、中つ国を統べる法則のもと、限られた領域において登場しなければ、彼は存在し得ないのだと思います。
それは、彼の'要素’というものが、決して万物の上に立つものでなく、世界を形成するあらゆる'要素’のうちの一つとして、自然律の中で調和しなくてはならないという定めをも示すからです。
この二つの定めは、前者が'要素’としての宿命を、後者が'中つ国の住人'としての宿命を表すものですが、それらを巧みにまとめているのが、ゴールドベリの存在ではないかと思うのです。
彼女はトムについて象徴的な発言をして謎を醸すと共に、トムが実に人間的な振る舞いを見せるその対象でもあります。
トムは一人ではなく、共に暮らす住人がいるために、人間性を失わないというより、そうしなければ生きていけないのではないでしょうか。
トムは花を摘んだり“ブローチ”を選んだり、当然会話をしたりと、人間的な行動とそこに垣間見せる謎を、ゴールドベリに関わる形で起こします。
しかしそれは、二つの定めを負い、ある面において調和し、ある面において謎を残しながら物語に登場するトムを、ゴールドベリを介在させることで中つ国世界に馴染ませようとした、トールキン教授が選んだ方法ではないかということです。
これらは何の根拠もない解釈ですが、今私の中では、トム同様もしくはそれ以上に、ゴールドベリの存在が謎に満ちているように思われるのです。
トムの存在理由は今読み解こうとしている段階ですが、ゴールドベリの存在理由はどこにあるのか、なぜトムと関わる形で存在するのか、それがトムを知れば知るほど謎となって現れて来るように思えます。
その一つの解釈として、今回トムとゴールドベリについて書いてみたのですが、トムを読み解こうとすると、どうしても引っかかるのがゴールドベリで、トムの名前とか名前の支配性の問題に加えて、もう一つの謎として、私の頭を悩ませております。
＞二人はマイア
この点については、私も以前は当たり前のようにそう考えておりました。しかし、この「共訳フェロウシップ」が立ち上がる前に公式ホームページでトムのことを考えた時、その根拠が実は無いに等しいことに気が付きました。
なぜなら、この二人をマイアであると記述しているのは、「指輪物語事典」しかなかったからです。（トールキン教授による著書には、その記述がないのです。）
それでトム＝アウレ、ゴールドベリ＝ヤヴァンナなどと妄想したのですが、ここに参加させて頂いて、少なくともトムについては、そうではないことが分かりつつあります。
ではゴールドベリは「Who？」と考えると、分かっていることは、枝垂川の川の女神の娘で、川の乙女と呼ばれて、心にかけているのが自然であることくらいでしょうか。
では、ゴールドベリの母親である川の女神というのは「Who？」となると、これが実に謎めいております。中つ国の海・湖・川・噴水・泉の全てを支配しているのはヴァラのウルモですが、彼は独り身です。
その臣下のマイアであるオスセにはウィネンという海の妃がいますが、彼女が愛するのは塩の水の流れに棲む生類と、底に育つ海草です。しかし、川の女神というくらいなので、彼女もウルモの臣下のマイアということなのでしょうか。
ただ、以前「トム＝アウレ、ゴールドベリ＝ヤヴァンナ」と考えた際に、もう一組、そうかもしれないと考えたヴァラ夫婦がいました。それがオロメと、ヤヴァンナの妹で「常若」と呼ばれるヴァーナでした。
オロメは狩人で、馬や猟犬を愛しているというのが、最終的に候補から外した理由だったのですが、「彼は全ての木を愛し、そのためにアルダロンと呼ばれている。森の主の謂いである。」との記述があります。
また、ヴァーナについては、「彼女が足を運ぶところには花々が生じ、その視線が向けられれば花は喜び、鳥は全て彼女を向かえてさえずる。」とあります。
しかし、ゴールドベリは秋の洗い物をするために、歌を歌いながら雨を降らしているようなので、やはりウルモとの繋がりがあるのかなとも思います。
『万物の父』と『父なき者』
トールキン教授は唯一神エルと「トム」を、エルフの言葉でそれぞれ『イルーヴァタアル』と『ヤールワイン・ベン＝アダール』と呼ばせています。つまり『万物の父』と『最古にして父なき者』の謂いです。
これらは物語上、真実の名前であるとはならないのですが、教授の視点から考えた時、トムがイルーヴァタアルの御心をも離れた存在であるということを暗示しているのでしょうか。
トムを創造主と同一視するのは考え過ぎであるとのことなので、『万物の父』＝『父なき者』ではないということになります。
また「最古」というのが時間軸の始まりのことを意味するのなら、トムはエルやアイヌアの後に誕生したことになるのかもしれません。
しかし、エルフが名付けた名前だけを基準にすれば、トムは『万物の父』の世界における『父なき者』ということになり、エルの創り給うた『万物』からは外れた存在ということになります。
つまりは、それがトムの'馴染まない’面を表しているのかもしれません。